ゆり子のココロ

作家/カウンセラーである根本裕幸氏のぐーたらなお弟子。 「心を抱きしめる」をテーマに日々感じたことを綴っていきます。

猫から教わったこと

皆さん、お元気ですか?ゆり子です。

 

今日はわたしの大切な家族の話をしたいと思います。

  

家族とは猫のことです(笑)猫って可愛いですよね! 

今年に入って、うちの猫が天国へ行きました。老衰です。

 

21年前、わたしの祖母が亡くなった時、母は憑き物が落ちたようにも見え、また無気力にも見えるしで、わたしは先々を心配し無理やりペットショップへ母を連れていきました。「母には気を紛らわせる何かが必要かもしれない」とわたしは思っていました。高い値札がついた血統書付きの美しい猫たちがゲージに並んでいます。その中の隅っこで小さな子猫たちがお団子状態になっているゲージを見つけました。「5,000円」という張り紙。恐らくどこかで拾われた野良猫の子猫達だったのでしょう。

 

母はその団子状態の子猫達からチャトラの1匹を気に入り、父の反対を押し切り買うことになったのです。それから21年間、うちの猫は我が家で一緒に過ごしてくれました。

 

うちの猫は病院が大嫌い。結局、母と話し合い病院には連れて行かず自宅で最期を看取りました。日を追うごとに弱っていく姿は見ていて辛かったですが、私たちもサポートし静かに見守りました。うまく表現できませんが、とても自然な流れがありました。最後まで生きることを諦めることなく私たち家族に全てを見せてくれたと思います。

 

うちの猫と過ごした瞬間を思い出しては泣いていたのですが、「猫は意思を持って自由にありのままで生きていた、全てが自然だった」とわたしは振り返っていました。この猫に私たち家族は魅了され、愛されていました。わたしはいつも自由な猫が羨ましかった、だってわがままでも許されちゃうんだから。これまではただそう思っていたんですが、

 

ふと思ったんです。

 

 

私たちも、自然とあるがままに生きることができたら、自分らしくいれたら、全てをありのまま受け入れられるんじゃないだろうか。

 

 

私たちは我慢が必要な時もある。強く生きるため、何かを成し遂げるため、大切な誰かを守るため・・・だけど、わたしは多くの我慢を強いても辛いだけだった。何もかも受け入れられない自分がいた。それは「自分が自分でいるための」我慢じゃなかったからだ。

 

いつからか、わたしは自分をどこかに置いてきてしまった。今まで自分軸だと思っていたのに、他人軸だった。わたしは、長年気付けなかったこと、幸せになるためのヒントを猫の一生から教えてもらった。眠りから目が覚めたような、そんな気分だった。

 

 

お弟子制度の申し込みが始まる一週間前、その日は猫の火葬をした日でした。

 

鼻も耳も肉球もさくら色だったその猫に、ありがとうの気持ちを込めて、おなじ色の小さな花束を胸に抱かせてあげました。

 

そして、決心しました。

 

わたしが幸せになるために、自分が自分らしくいるために、お弟子になろう。 

 

これまで幸せになることをどこかで諦めていたわたしは空想の世界に生きていたのかもしれません。でも空想の世界にいたとしても、今ここにわたしはいる。それも、わたしが自分を守るために選んできた道。その時に必要だった道を選んできたはずです。今までの人生も肯定していいって思います。生き抜くために頑張ってきたことに変わりはないのだから。

 

あなたもこれまでの自分の歩みを肯定してあげてください。自分の心に伝えてあげてください。なんとか生きてこれた。先のことは今から決めればいい。いつだって方向転換できます。この先も、あなたの好きなように、あなたの自由です。

  

これからどんな人生にしたいですか?あなたらしくいることをどうか忘れないで。

あなたの願いが叶いますように。

 

 

「願いは口に10回出すと叶うんですよ!」

登山家の栗城史多くん(2018年エベレストで死去)が講演会で話してくれたことを思い出しました。

 

 

今日も読んでくれてありがとうございました。

 

🙋‍♀️ゆり子でした✨Have a good day✨